はじめに


○よくわかる24ページの歴史

構想期

2001年2月頃
柏野が植川(ex. ゴビ砂漠、ウエカワデンキ)を誘い宅録ユニットを始めようとして
ユニット「人面犬」をスタート。 しかし、パッとせず、あきらめっぽく飽きっぽい性格も
手伝って1曲も完成しないまま迷宮入り。
2001年9月頃
二人と同じサークルだった遠藤(ex. てるてる、Pez)を誘う。三人いればライブが
できるから。 遠藤はメールで二つ返事で加入。しかしバンド名再考でまた迷宮入り。

準備期

2002年5月
バンド名も24ページに決定し、大阪城野外音楽堂で開催された有志による13バンド
参加のイベント 「春の音Fes」に出演。延べ700人が来場したこのイベントでそこそこの
好評価を得る。ちなみに同日森ノ宮では「植木見本市」が開催されており、
会場はシルバーなオーディエンスが多めだった。2002年10月200円3曲入りの音源「24分の1」を作る。こまごまとマイナーチェンジしつつ配付。<h4 >活動期~セカンドアルバムまで<dl >2003年3月自主イベント「三者面談」を開催。 集客にもそれなりに成功。2003年6月8月に7曲入り音源の発表を予告する。2003年9月7曲入り自主製作CDアルバム『事勿れの日々』発売。
手売り、スピカレコード、webで通販などで頑張って売る。2003年12月自主イベント第2回「三者面談」を開催。2曲入り自主製作CD-Rシングル『こんにちはEP』発売。2004年名古屋、東京などでもライブ活動を開始。2ndアルバムの録音、家で。2004年6月大阪市芸術創造館のコンピレーションManufacturesに3曲参加。
「10分以内なら何曲でも」とのことだったので、せこせことリミックスによって曲を
縮め、「事勿れ主義」「うつむきかげん」「解決しない」をよくばりに収録。2004年10月くるりがパーソナリティをつとめるTR2 Mondayで24ページが紹介される。2004年12月第4回 三者面談を開催。マシュマロハ長調、DOESの予定であったが、
DOES急遽都合により出演不可能のためゆーきゃんが二つ返事で代打を。
24ページいたく感動する。2005年1月セカンドアルバム「二度あることは」発売ノイズマッカートニーレコーズの コンピレーションに「二度寝の美学」で参加。2005年2月「24ページの新作出ましたツアー ~実演販売の旅~」 を大阪・京都・名古屋・東京にて開催。
ツアー最終日はメンバーも大好きなSUIKA、木暮晋也(HICKSVILLE) と共演。
24ぺ-ジは「ホームとアウェイ」の演奏において木暮晋也さんをゲストに迎えてスバラシイ演奏をしていただく。2005年4月心斎橋DROPにて、くるり主催レーベル、ノイズマッカートニーレコーズのコンピレコ発イベントに参加。

マイペース期~サードアルバムまで

2005年5月~
ライブをちょこちょここなしつつ、アルバムの録音をはじめる。
2006年11月
遠藤の兄の店、ビストロ・ミニョンにてアルバム用の撮影を行う。
2007年2月
洋楽大物アーティストなみのインターバルで二年ぶりのサードアルバム「これからの話」発売。
「24ページの新作出ましたツアー ~実演販売の旅~」 を大阪・京都・名古屋・東京にて開催。
東京では植川のリスペクトする田辺マモルさんがゲストで出演してくださいました。

メンバーの脱退、再び二人へ~4thアルバム発売まで

2008年8月
遠藤あこが24ページを脱退。柏野・植川の二人組、つまり前身ユニット「人面犬」スタイルに戻る。
議論の末、バンド名は変わらず「24ページ」でいくことにしました。遠藤さんは現在、「あなたのとりこ」というバンドでご活躍中です。
2009年~
4枚目のアルバムの制作に取り掛かる。これまでは柏野の部屋に集まって録音していたが、新作は録音は各自の部屋で行い、インターネットを利用しオーディオデータの交換を繰り返す手法で、制作を進める。
2010年暮れ
4枚目のアルバムから先行で、「月曜日の輪郭」、「それからあとは」の2曲を当WEBサイトにて発表。
2011年
結成から10周年を迎える。
アルバム録音がようやく完了。
2012年
2012年2月22日、4枚目のアルバム『24ページ』発売